2012年08月15日

B・D 29

皆様残暑見舞い申し上げます♪


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「月がこっちを見ている」
結はそう思った。
僅かな記憶しかない灰色の脳裏に浮かんだヒカルの声と顔が、月に浮かんだ影のように淡くしかし輪郭は鮮やかに写った。
見える月にぶっきらぼうだけど優しいヒカルが、大きな灰色のカレシンがいるような気がした。
短い間だったけど自分の身を置いたベッドも。
空に伸ばした細い手首の先の手が、月が浮かぶ明るい青いうす暗闇の夜空の星をすくう様にゆらいだ。
結がこちらを見ている月がひときわ大きくなったと思ったそのとき、月の真ん中に小さな黒い点が見えたかと思うとそれは急激に大きくなった。
近づいてきたその点は風になびく金色の何かを持っていた
それは長い金色の鬣を持ったそして、大きな宝石のように輝く青と赤の双眸を持った白い体のドラゴンだった。
それはすごいスピードでこちらにあっというまに近づいてきて、あわやぶつかるかと思ったが、結は逃げずにその金色の鬣のある大きな頭にふわりと両手を回してしがみついた。
その結の体を大きな長い頭でひょいとすくうようにしかし彼には何の衝撃も与えずに、ドラゴンは彼の体を自分の頭にしがみつかせたままその速度でマンションの白い壁にすっと溶けて行った。

室内にいたルーシーが急激に湧き上がってきた不穏な空気に気が付いて総毛が立ち上がり、その気配の方向を見て凶暴な唸り声をあげたと同時に、半透明になって壁をつきぬけていく白く輝くドラゴンとその頭にしがみついた黒髪の結の姿を見ることになった。
無謀にもそれを引き留めようと大きくジャンプした彼女だったが、実体ではないそれを突き抜けて同じように白いマンションの壁にぶざまに飛びついて、あえなく床に落下するだけだった。
勇敢な彼女を笑うように、長いドラゴンの体は悠然と人間をぶら下げたまま壁を突き抜けていき、その尻尾がキラキラと七色に輝く白い体から砂のようなものを落としながら、壁の中に吸い込まれるように消えるのを、呆然と見送った妖猫は最後に一声唸ってから部屋の主に出来事を伝えるべく、自分のふさふさの尻尾を翻して走り去った。
「しまった」という和優貴の声がしたのはすぐだった。
それからあわてて入ったすでにもぬけの殻になってしまった、さっきまで結が一人置かれていたはずの居間の様子を見渡しながら唇を噛んだ。
速人は結が横たわっていたソファにあった毛布を手にした。
まだ体温で温かかった。
部屋の窓はしまったままだが、白いカーテンが今さっき風が舞ったようにふわふわと揺れていた。
何一つ壊れているものも、転んでいるものもないすっかり前と同じ光景だったが、見ているものを哂うように大きな窓に映る白っぽい黄色の満月がぽっかりと浮かんでいた。
「満月なのを忘れていた 彼は(月輪の精霊)なんだものな・・・  シキガミを呼んだんだ それも巨大な奴を」
足元で毛を逆立てている同じくシキガミである縞模様の雌猫にさえ怯えて泣いていた、彼の白い横顔が脳裏に浮かんだ。


次に結が目を開けたときはそこは小さな公園だった。
最初にヒカルやカレシンに会った、拾われた公園だった。
ドラゴンにしがみついたまま立って結はその時座っていたベンチを見ていた。
あそこに横たわっていたら、長い舌を垂らしたカレシンが目の前にいて少し怪訝な顔をしたヒカルがこっちを見ていた。
時間的にそんな前のことではないのにもう懐かしい気がする。
いや自分の灰色がかったもろい記憶層ではすでに遠い過去だ。
ただどんなに多くのことが無機質な灰色に染まっても、ヒカルだけは鮮やかな色を持ったままに立ってこちらに手を差し伸べている。
褐色に近い肌色と光を受けて輝く金茶の髪と青い双眸がより鮮明になって、結の手は届かないけどぐんと近くなってくる。
思わず笑みが口元にこぼれたと思ったとき、自分が体を預けている白いドラゴンの体がゆっくりと動いてベンチに近づいていて、結に座るように促すように首をうなだれた。
結はドラゴンの長い頭や髭に頼りながら、ゆっくりと崩れるように端が欠けたり雨や埃で薄汚れた白いベンチに座った。
正面に座った白いドラゴンは座った自分より、長い体をらせん状にして前足で立ち上がって、やや高い目線になってこちらを見下ろしていた。
だがその眼差しやのど元から出される「グルルル・・」という低い声は優しいものだった。
鼻の孔の下から伸びた赤い髭が、長いリボンのようにゆらゆらと大きな円を描いて翻り揺らめいている。
その髭の先が結の汗に濡れた頬をさらっと撫でたとき、大きな振動を持った声が頭の中に響いた。
「ダイジョウブ スグムカエガクル」
ちょっとびっくりして目を大きくした結だったがその声はずっと前にも感じたことがある、懐かしい深くて穏やかな響きだった。
紅と蒼の色違いの瞳の優しくてどこか悲しげな眼差しと、さっきまで自分をも包んで次元を超えたその白い体から出る肉体の目には見えないゆらめく波動も初めてではない。
しかしどこでいつ会ったのかはいつものごとく覚えてはいないのだ。
「アリガトウ・・」
結が頭の中で答えるのを聞き届けるようにして、ドラゴンは首を振り髭をひらめかせ全身をよりくねらせて肉体の耳では聞こえない声で咆哮した。
そして猫が飛び出すように縮んだ全身が伸びたかと思うと、ベンチに一人結を残して瞬間的に消えてしまった。
蒸し暑い夜の空気の中結は一人ベンチに座って、照明に照らされた公園の遊具の影や隅々の雑草やゴミの山を見た。
公園の真ん中には水の出ない大きな噴水があるけれど、それは結にはただの黒い塊にしか見えない。
例え昼間だとしてもそこには水の代わりに多くの廃棄物が投げ込まれた無残な噴水しかない。
そのビルの間にぽっかりとできたような小さな公園は通りすがりの酔っぱらいの吐き溜めであり、行き場のないチンピラや子供の寄合場所だった。
しかし何故かこの時だけは誰もいない無人の空間だった。
「結じゃないか・・」
その時声がした。
結が声がする方向を見たとき立っていたのは、見覚えのある背が高く肩幅もある角刈りのスーツ姿の中年男性だった。
しかしその顔には半分黒い金属のような質感の仮面をつけている。
それは以前店であったときのままだった、いや顔を覆う部分が少し多くなって前は見えていた鼻や額がすっかり隠れてしまっている。
片方だけあいた目がこちらを見て怪訝な声で「何してるんだ こんなところで」と尋ねてきた。
彼が答えられないことに気付いたのか男はそばに寄ってきて、座り込んでいる結を見下ろした。
「逃げ出したのかまた。」
ちょっとあきれたような声で、また見下げたような声色で彼は言うとため息をついた。
そしてゆっくりとポケットから携帯電話を取り出しながら、どすんと大柄な体を座らせた。
結は逃げ出したかったが、彼の黒い仮面に反応した自分の何かがそうさせなかった。
彼は変わらずに座ったまま何もしなかったが、内部で必死の抗争を初めていた。
「このまま知らんふりをして行ってもいいんだが・・・ヒカルさんはいたくお前さんがお気に入りだ。改めて言わなくても、今までどんな上客や取り巻き連中にも必要なこと以外の関心や感情を持たなかったあの人が、自分の意志で自分の手をかけた人間はお前が初めてだからな。」
その声が結の内部に届くたびに大きな地震のような揺れが起きて、気が遠くなるようなしびれが頭の中を巡った。
逃げ出したい、と心底思ったが、それをしたらどうなるか。
言葉にも感情にもならない無臭で無音の冷えた空気が自分の奥底から這い上がってくる。
その空気の下に潜むものを出してはいけないのだ。
結は息を詰めるように目を閉じて、まるで痛いおなかを抱えるようにして下を向いた
早く誰かに自分の名を呼んでほしかった。
そうでないといったいここにいる自分は誰なのか、分からなくなるような恐怖が湧いてくる。
「正直、正体もわからない無力なお前さんがこのままどっかに行ってくれたらいいと思っていたが、あの馬鹿犬が弱ったりすると困るのはヒカルさんだからな とりあえず連絡してやるよ。」
胸元のポケットから煙草を取り出して口にくわえて、携帯の履歴を探しだしヒカルに電話をかけた男は、隣の頭を下げた結がちょっと心配になり顔を覗き込むようにした。
「おい」
その声にくしゃくしゃの黒髪の頭が揺らいだあと、男の意識は途切れた


posted by YUE at 18:05| Comment(2) | CRAPS | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ずっと待っていたのに、今頃気がついて読ませて頂きました。‘結’の切なくも優しい透明感がある感じが、やっぱり癒しです。次はヒカルさんに会え・・ますよね(笑) 楽しみに待ちたいと思います。
Posted by Minya at 2012年08月20日 07:24
いつもお待ちいただきまた感想もありがとうございます^^ 切なさと可愛らしさで一部に熱い支持を受けている結クン(笑) 彼の今後を考えるのをこれからの何よりの楽しみ??にしたいと思います  
Posted by YUE at 2012年08月22日 22:14
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