2011年01月25日

SPEACE BATLLE SHIP ヤマト  

001.jpg

  映画とはこうあるべきこういった映画が優れている
という約束や定義はどこにあるんだろう
 地元に映画館があってヒット作が
連日二本立て三本立てでやっていた昔は
見たい映画がいい映画で、

そして見た映画は好きになって全てパンフを買っていた
幼い思考や好みで見た映画がすべていい内容で、
いい興行をあげた作品だけではないだろう
しかし大きなスクリーンで大音響で見た
俳優女優たちの演じる世界は
いつももう一つの現実であり無形の心に
有形の夢を与えてくれた
 
30数年前のテレビアニメシリーズを
そのまま映画化というのは土台無理
設定や背景がもう時代や社会の現実とはそぐわない現実は
すでに当時の未来の想像を超えた部分もある
嘘は真実に、
真実はさらなる奥へと向かう科学の時代になった
 
原作のエスプリをどう生かしどう見せて、
ヤマト世代が興奮するような
その子供たちが目を輝かせるような
新しい「ヤマト」を作りたいと
ヤマトを見て大きくなった平成の制作者陣が
10年前でも10年後でもなく
今この時にこの俳優陣で作りたかったという
強い気持ちがこの作品にはあるのだろう
パンフにあった脚本家の原作へのリスペクトと
ファンへのお詫びを見て
さらにそう思った

 
「スターウオーズ」や「エイリアン」の世界を
または最新の「アバター」を見ての
その世界を期待してはいけない

宇宙空間の浪花節
いわゆる泥臭いほどに人間劇の魅力である
アニメのヤマトもヒーローヒロインではない
ごく普通の若者たちが闘うという設定が
それまでのアニメの概念に比べて新鮮だった

砲撃にあい満身創痍になりながら
起死回生の波動砲で危機を乗り切り、
地球を救うために宇宙を仲間とともに越える
悲しみや喜びまたは友情や愛といったものが
ベタなほどのセリフとシーンで重なる
時々
その画面の甘さに居心地が悪くなる時も
 
しかしアニメを見て育った私としては
何度も本や画面で見た懐かしいシーンが
忠実に実写になって
平成の制作者たちの、
さらなるアイデアとエッセンスを加えられて
はいっと前にさしだされたらただただ泣けた・・・
泣き疲れた

 
 映画とは興行成績であり動員数であり
芸術であり事業である
しかしその本当の価値は映画祭の委員が、
辛口の映画評論家が決めるのではない
チケットを買いその映画の空間に生きることを
選んだ人それぞれが決めるのだ

   

原作者西崎氏がくどいほど繰り返して語っていた夢とロマン
当時は物語のあまりの変換ぶりにすねていたが

今この年になって見てこうも泣けるのかと
不思議に思うほど涙があふれてきた
その彼ももういない
本当に彼の人生の多くを決めた運命の船ヤマトに
最後に自分が乗っていってしまったのだろう
 
その旅路に合掌


posted by YUE at 22:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。